ニューヨークのガイドブックに必ず登場するタイムズ・スクエア。夜でも眩しいほどのネオンサインとブロードウェイの劇場群で有名で、「ニューヨークに来た!」と肌で感じられる場所です。同時に、一旦入り込むと抜け出すのが困難なほどの混み具合で、ニューヨーク在住者が避けがちなエリアでもあります。
そんなタイムズ・スクエアは、これまで多くの変化を経験してきました。19世紀末まで馬車の取引場だったエリアに、1905年ニューヨーク・タイムズ紙が本社であるタイムズ・タワーを建設。これが、今のタイムズ・スクエアの始まりです。タイムズ紙が移転した後もその名は残り続け、第一次世界大戦後には大劇場が次々とオープン、タイムズ・スクエアはエンターテイメントの拠点として発展していきます。

大恐慌と第二次世界大戦を経て、タイムズ・スクエアにはより安価で大衆的な劇場群が軒を連ねるようになりました。そんな50年代の活気あふれるタイムズ・スクエアを楽しみたいなら、トニー・カーティス主演の『成功の甘き香り』がうってつけ。夜の摩天楼を舞台に、陰謀と名声とスキャンダルが交差するフィルムノワールの傑作です。
特に、オープニングの刷りたての新聞を配達するトラックがタイムズ・スクエアを走り抜けるシーンは、当時の雰囲気を十二分に感じることができます。1957年制作の今作では、当時の洒落たファッションやジャズ、夜の社交場などの魅力と、薄気味悪い権力争いが良いコントラストを効かせています。

60年代に突入すると、治安の悪いニューヨークの中でも、タイムズ・スクエアは特に売春と薬物の入り乱れる一角となります。アダルト映画館やストリップ劇場の看板が並ぶ雑多で猥雑な街角は、今のタイムズ・スクエアからは想像もつかないほど。
そんな60〜70年代のタイムズ・スクエアをリアリティをもって描いている映画はいくつか挙げられます。まずは、1969年制作『真夜中のカーボーイ』。ジョン・ヴォイト演じるテキサスから夢を抱きやってきた青年と、ダスティン・ホフマン演じるケチな騙し屋の友情を通し、都会の厳しさと孤独を描いた今作。タイムズ・スクエアを中心に、売春の様子などが描かれています。
そして、70年代の荒廃したニューヨークを描いた代表作といえば、やはりマーティン・スコセッシ監督の『タクシードライバー』でしょう。ロバート・デニーロ演じるタクシードライバーのトラヴィスが退廃した社会に嫌悪感を抱き、自ら街を更生すると憤ります。徐々に精神に異常をきたし始めるトラヴィスと、若干13歳のジョディ・フォスター演じる売春婦アイリスから、当時のニューヨークの危うさが垣間見れるかと思います。
そして、その後継とも言える作品としておすすめしたいのが、ベット・ゴードン監督の『ヴァラエティ』。タイムズ・スクエアのアダルト映画館「ヴァラエティ」で働く女性クリスティーンが客の中年男性に固執するストーリーですが、それは若きアイリスに執着するトラヴィスに通じるものがあります。性別を逆転することで捉え方が大きく変わる点も興味深く、また1983年制作ながら、70年代のタイムズ・スクエアの名残りも楽しめる秀作です。

時代は変わり、21世紀。90年代から始まった区画整備による大改革ですっかり治安も良くなったタイムズ・スクエアは、観光名所として生まれ変わります。ディズニーを始めとする大企業の参入や、内部に観覧車を有した大型おもちゃ店「トイザラス」などが危険なイメージを一掃しました。
そんなタイムズ・スクエアを象徴的に扱った映画といえば、2001年制作『バニラ・スカイ』。夢と現実が交錯するS Fサイコスリラーで、トム・クルーズ演じるプレイボーイのディヴィッドが、友人の恋人ソフィアに一目惚れし、それに嫉妬した愛人ジュリーに無理心中を図られたことで転落していくストーリーです。
『バニラ・スカイ』の中で有名なのはやはり、ディヴィッドが疾走する無人のタイムズ・スクエアではないでしょうか。実際に道路を封鎖して撮影されたと言われるこのシーン。常に通行人でごった返しているタイムズ・スクエアが閑散としている様子は、言わば、渋谷のスクランブル交差点に誰もいないような異様な状況です。目の前の世界は本物なのか、困惑するディヴィッドの心中も理解できます。

さらに時は流れ、現代。タイムズ・スクエアはすっかりエンターテイメントの中心地としての印象を定着させます。ブロードウェイの当日券を安く販売するTKTSの売り場として、赤い大階段が建設されたのが2008年。こうして、今のタイムズ・スクエアの景色は完成しました。
2014年制作の『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』は、そんなブロードウェイの一劇場を舞台にした作品。かつてヒーロー映画で人気を博した中年俳優リーガンが、再起を図りブロードウェイの舞台に挑戦、しかし娘をはじめ彼を取り巻く人々との確執が事を複雑にしていきます。全編に渡り長回しの演出を駆使し、目まぐるしく進むストーリーと響き続けるドラム音、そしてリーガンの葛藤が迫ってきて、こちらも息つく暇がありません。
中でも印象深いのが、劇場から締め出されてしまったリーガンが、正面入口に回り込むために下着姿でタイムズ・スクエアを走るシーン。活気と喧騒を捉えるために実際にロケーションで撮影され、リアリティあふれるカメラ使いのおかげで、観ている私たちも一緒にタイムズ・スクエアを歩いている錯覚を覚えます。街とストーリーの世界観がマッチした興味深い作品です。

これまで様々な顔を見せてきたタイムズ・スクエアは、ニューヨークの街の変遷を凝縮したような場所。だからこそ、この大都市の象徴として数々の映画に登場してきたのでしょう。皆さんもニューヨークを訪れた際には、タイムズ・スクエアの真ん中に立ち、怒涛の過去と続く未来に思いを馳せてみては。そして、自らもその長い歴史の一部となっていることを感じるのも良いかもしれません。
関連リンク
『成功の甘き香り』
監督:アレクサンダー・マッケンドリック 1957年製作 / 96分 / アメリカ
プレス・エージェントとして成功を目論むシドニーは、多業界で莫大な権力を持つジャーナリストのJ・J・ハンセッカーに取り入ろうと奔走する。ハンセッカーはシドニーに妹スーザンと恋人との仲を引き裂くよう依頼するが・・・。公開当時は評判が良くなかったが、後にフィルムノワールの傑作として評価された一作。
『真夜中のカーボーイ』
監督:ジョン・シュレシンジャー 1969年製作 / 113分 / アメリカ
ジョーは成功を夢みてニューヨークにやってくるが、なかなか上手くいかない。安い詐欺で生計を立てるラッツォと知り合い友情を育むが、そんな二人に都会は厳しい現実を突きつける。アメリカ・ニューシネマの傑作で、その成人的題材にも関わらず1969年度アカデミー最優秀作品賞に輝いた。
『タクシードライバー』
監督:マーティン・スコセッシ 1976年製作 / 114分 / アメリカ
ベトナム戦争帰りのトラヴィスは、タクシードライバーとして働くが他人と上手く関われない。やがて退廃したニューヨークに嫌悪感を抱き、自ら街を浄化すると決心する。70年代当時の反戦運動や開放的文化が織り込まれ、さらに都会の孤独やマッチョ思想など、現代にも通じるテーマを扱った傑作。
『ヴァラエティ』
監督:ベット・ゴードン 1983年製作 / 100分 / アメリカ
タイムズ・スクエアのポルノ映画館で働きはじめた若きクリスティーンは、客の中年男性に固執し、やがて彼を付け回すようになる。ヒッチコックの名作『めまい』に着想を得た、フィルムノワールの変化球的作品。監督は「ノーウェーブ」と呼ばれるジャンルで活躍したアーティスト。
『バニラ・スカイ』
監督:キャメロン・クロウ 2001年製作 / 137分 / アメリカ
若くして富と名声を手に入れたディヴィッド。親友の恋人ソフィアに一目惚れするが、嫉妬深い恋人ジュリーに無理心中を図られる。ディヴィッドは事故の後遺症で幻覚を見るようになり、やがて現実と妄想の区別がつかなくなる。スペイン映画『オープン・ユア・アイズ』のリメイクで、主演のトム・クルーズも製作に参加した一作。
『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』
監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ 2014年製作 / 119分 / アメリカ
かつてヒーロー映画『バードマン』で人気を博した俳優が、キャリア回復のためブロードウェイの舞台に挑戦する。しかし、なかなか事は思い通りに進まず、彼はやがてバードマンの声を聞くようになる。自身も『バットマン』シリーズで人気俳優となったマイケル・キートンが主演を務め、アカデミー賞最優秀作品賞をはじめ数々の賞に輝いた。
