先日、エイドリアン・ブロディ主演の「ブルータリスト」を鑑賞しました。ホロコーストから逃れてアメリカに渡ったハンガリー人建築家の壮大かつ壮絶なストーリー。3時間半にも及ぶ上映時間の中で一番印象に残ったシーンは、プロローグでした。
移民を乗せた船がニューヨークへとたどり着き、ブロディ演じるラースローが人混みをかき分けてデッキへと進んでいきます。ダニエル・ブルンバーグの音楽がクライマックスへと達する中、急に視界が明るくなり、スクリーンに映し出されるのは逆さまの自由の女神。
映画のタイトル同様、激しいほどに視覚聴覚に訴えるこのショットが象徴するもの。この映画の本質をまとめたのが、まさにこのオープニングの5分間と言えるでしょう。何度も何度も思い返して考えさせられる、秀逸なシーンです。
自由の女神はこれまで、数々の映画で印象的に登場してきました。その多くは自由の女神をその名の通り、自由、そして希望の象徴として映し出しています。またその一方で、それは大海へと解き放たれて、自らの力で道を切り拓かなくてはいけない苦難の未来を予感させるものでもあります。
アメリカへの移民を描いた映画の先駆けといえば、1917年「チャップリンの移民」です。今から100年以上前のサイレント映画で、チャップリンはすでに移民の現実を皮肉を交えて描いています。
長い船旅では船酔いしたり、ひどい食事に耐えなくてはならず、自由の女神を眺めて感傷に浸るも束の間、すぐにロープで自由を奪われる移民たち。やっとたどり着いたアメリカでは食べるのも一苦労。それでもチャップリンらしく、そこにはたくましく生き抜こうとする努力と、助け合いの精神を見ることができます。
私の大好きな映画の一つに、「ニュー・シネマ・パラダイス」のジュゼッペ・トルナトーレ監督「海の上のピアニスト」があります。1900年から1930年代を舞台にした今作にも、冒頭に自由の女神が登場します。
富裕層から貧困層まであらゆる乗客を乗せた船がニューヨークへ到着する、その瞬間を知らせるのが霧の中から現れる自由の女神。いち早く気づいた青年の「アメリカ!」の一声で船上の人々が歓喜の声を上げ、自由の女神に手を振ります。巨匠エンニオ・モリコーネの音楽と共に、観ている私たちまでが希望に満ち溢れてくる場面です。
しかし、この映画の重要なポイントは、主人公であるピアニストの1900がニューヨークの街に降り立とうとしないことにあります。「この街にはなんでもあるが、終わりがない」という彼の言葉が、希望と隣り合わせの、途方に暮れさせるような自由の怖さを暗示しています。
現代において、船から自由の女神に迎えられて新天地ニューヨークにたどり着く、という経験はほとんどの人にとって無いでしょう。でも、たくさんの映画に起用されていることからも分かるように、新しい人生の始まりの希望と不安は、多くの人の共感を得るのだと思います。
そんな、チャンスを求めてニューヨークへとやってくる力強い人々を描いたオープニングで思い出すのは、1988年のマイク・ニコルズ監督「ワーキング・ガール」。自由の女神をスクリーンいっぱいに映し出す象徴的なショットから始まる今作。そこからカメラが旋回して追うのは、スタテン島からマンハッタンへ、たくさんの通勤者たちを乗せて進むフェリーです。
混み入ったフェリー内で、カップケーキにろうそくを立てて誕生日を祝うテスと友人シンシア。彼女たちの80年代風に高くセットされた前髪と肩パッドの入ったスーツを見る度に、かつてアメリカに渡ってきた移民たちと重ね合わせてしまいます。先の見えない不安の中でも、彼らは希望と勇気を持って一歩一歩踏み出しているのです。
今や、「ワーキング・ガール」からも40年近くが経とうとしています。が、きっとこれからも自由の女神は、それが象徴するものと共に映画に登場し続けるでしょう。そして移民たちのストーリーも、さまざまに時代や背景を変えて制作されていくのではないでしょうか。なぜならそこに、私たちの世界で現在も起こっている問題を映し出す、という重要な役割があるからなのです。
自由の女神観光案内(スタテン島フェリーについても書いてあります)
https://www.gousa.jp/experience/discover-statue-liberty-tourist-guide-featuring-top-5-activities
ブルータリスト
監督:ブラディ・コーベット 2024年製作 / 215分 / アメリカ・イギリス・ハンガリー
ホロコーストを生き延びてアメリカへと渡ったハンガリー人建築家のラスロー・トート。全てを失い、愛する家族とも離ればなれとなってしまった彼は、新天地で人生を再スタートしようとする。その苦難の30年間を追った壮大な人間ドラマ。主役のラスローを演じたエイドリアン・ブロディは、第97回アカデミー主演男優賞を受賞した。
Filmarks:https://filmarks.com/movies/117866
チャップリンの移民
監督:チャーリー・チャップリン 1917年製作 / 25分 / アメリカ
チャーリー・チャップリン監督、主演のサイレント映画。大西洋を渡ってアメリカを目指す移民の放蕩男(チャップリン)が窃盗の疑いをかけられ、美しく若い女性に恋をする物語。1988年には歴史的に重要であることから、アメリカ国立フィルム登記簿に登録され、永久保存されることになった。
Filmarks:https://filmarks.com/movies/25932
海の上のピアニスト
監督:ジュゼッペ・トルナトーレ 1998年製作 / 170分 / イタリア
1900年、大西洋を往復する豪華客船で赤ん坊が産み捨てられる。後に船上で活躍するピアニストとなった彼が、トランペット奏者のマックスと友情を育む物語。「ニュー・シネマ・パラダイス」のジュゼッペ・トルナトーレ監督と作曲家エンニオ・モリコーネが再びタッグを組んだ。1900と名付けられたピアニストを、個性派俳優ティム・ロスが熱演。
Filmarks:https://filmarks.com/movies/19127
ワーキング・ガール
監督:マイク・ニコルズ 1988年 / 115分 / アメリカ
ウォール街の投資銀行で働く若い女性テス。出世の見込みが無いと知りながらも仕事に奮闘する彼女が、ボストンから赴任してきた重役のキャサリンと出会うことで、そのキャリアを大きく変えていく。1980年代後半の好景気に沸くニューヨークを舞台に、働く女性の恋や仕事を描いたヒット作。
Filmarks:https://filmarks.com/movies/3668

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