ニューヨークに集まる世界中からの移民たち。彼らが持ち込むカルチャーは数ありますが、この都市の形成に重要な要素はやはり「食」ではないでしょうか。フラッシングの中華料理、ハーレムのソウルフード、ブライトンビーチのロシア料理・・・地下鉄に飛び乗れば世界中の料理を楽しむことができるのは、多文化都市に住む者の特権です。
今回はそんなニューヨークの食文化を垣間見れる映画たちをご紹介。よだれが出そうな料理の数々を眺めながら、その背景に見え隠れするニューヨーカーたちのリアルな日常を学ぶこともできる、まさに美味しい作品が揃っています。

ニューヨークとイタリアは昔から密接な関係性があります。そもそも、ニューヨークを代表する食べ物のピザだって、イタリアからやってきたわけですから。そして、イタリアと言えば、やはり『ゴッドファーザー』を初めとするマフィア文化。ニューヨークが大都市へと発展した過程には、ギャングの存在が少なからず関わっています。
そんなイタリアの食と犯罪を掛け合わせた映画でおすすめしたいたのが、『ディナーラッシュ』。ノミ屋として稼いできたイタリア系のルイスは、ビジネスパートナーのエンリコをクイーンズのギャングに射殺される。一方、オーナーを務めるイタリア料理店「ジジーノ」は、ヘッドシェフである息子ウードの料理の腕から大評判となっていた。今作はそのレストランを舞台に、ほぼリアルタイムで繰り広げられる人間模様を描いています。
『ディナーラッシュ』の特筆したいポイントは、登場人物の魅力と会話の妙、それを最大限に活かす俳優たちの演技力です。ニューヨークの人気レストランのディナーラッシュという目まぐるしい世界を、決して混乱させることなく、臨場感たっぷりに描く技術は見事。登場する料理も魅力的ですが、それを取り巻く人々がとても興味深いのです。それぞれが悩みや野望を抱え、現状は決してパーフェクトではないけれど、それでもこの瞬間を最大限に生きている。まさに、ニューヨークの縮図のような映画です。

そして、レストランを舞台にニューヨークの縮図を描いた映画と言えば、『ラ・コシーナ/厨房』もおすすめ。タイムズ・スクエアの大型レストラン「ザ・グリル」を舞台に、そこで働く人々の葛藤を映した作品です。今作の大きなテーマは移民。アメリカにチャンスを求めやってくる数多の移民たち。そしてレストランという過酷な職場で、彼らが日常的に受ける差別。それでも毎日を乗り切る強い意志と、仲間との絆。だがそれも、ある日ある瞬間をきっかけに音を立てて崩れてしまう。
そんな瞬間を今作は見事な映像美と脚本で表現しています。また、今作ではアメリカ人と移民の微妙な関係性や、移民間での確執も丁寧に描かれています。互いに感じる疎外感や、力の駆け引き。誰が味方で、誰が味方のふりをした敵なのか。それは、レストランという表と裏の顔を持ち合わせる環境と重なり、同時に一都市や一国さえも超えた、万国共通の問題でもあります。
狭苦しくストレスの多い、まるで圧力鍋のような場所に閉じ込められた人々。そこで、来る日も来る日も必死に働いて、ふと向かっている先がわからなくなる虚しさ。休憩時間に路地裏に座り夢を語る従業員たちの会話には、考えさせられるものがあります。そしてレストランでの楽しい食事の裏には、身を削り働いている人々がいることを今作は訴えかけるのです。

同様のテーマを扱った映画で興味深い一作が、ショーン・ベイカー監督の初期作『テイクアウト』。チャイナタウンにある庶民派中華料理店のデリバリー担当の男の話です。家族を中国に残しアメリカに不法入国したミン。手荒な密入国業者に借金返済を催促され、その日の終わりまでに何とか$800を工面しなくてはならないことに。
そんな彼が一日中ひたすらデリバリーをする様子を辛抱強く描いた今作。ほぼ中国語のセリフと、手持ちカメラの映像がとてもリアルです。オーダーが入る、調理する、デリバリーをして料金とチップを稼ぐ。それがずっと繰り返されるだけなのに、確実に緊張感が増していき、目を離すことができません。そして単調な構成だからこそ、客の一言やオーダーミスの一つまでもが重さを持ってくるのです。
昨年、『アノーラ』が国内外で評価されたショーン・ベイカー監督。彼の得意とする社会的弱者をフラットな視線で描く手法は、『テイクアウト』からも存分に感じ取ることができます。雨の降りしきる中デリバリーを繰り返し、わずかなチップを貯めていくミン。最後にはすっかり感情移入して、「どうか良い結末で終わってほしい」と念じる自分に気づくかもしれません。

さて、最後は趣向を変えて『ジュリー&ジュリア』をご紹介。今作は、アメリカを代表する料理研究家のジュリア・チャイルドと、彼女のレシピを再現するプロジェクトを始めたジュリー・パウエルという、年代の異なる二人の女性の生き方を同時進行的に描いた一風変わった伝記映画です。パウエルの2005年出版の回想録が元になっています。
1940年代、夫の海外赴任のためにパリに移住したジュリアは、その食文化に感動し有名料理学校に入学。これが、彼女のその後の人生を大きく変えていきます。一方、2000年代初めのニューヨーク。人生に行き詰まりを感じたジュリーは、ジュリア・チャイルドの有名な料理本のレシピを全て再現し、それをブログで発信する案を思いつきます。
今作の興味深い点は、二人の女性の料理を通した対話です。直接の交流は無く、住む場所も世代も違う彼女たちですが、直面する悩みや生き方に共通点が多くあるのです。そして何より、二人を取り巻く人々が魅力的です。彼女らの目標を各々の形で支えるパートナーや、応援する友人らが織りなす愛溢れる世界と、それを彩る料理たち。食の持つ大きな意味はそれを囲むコミュニティにあるのだと、今作は思い出させてくれます。

いかがだったでしょうか。単純に美味しそうな料理が登場する映画かと思いきや、意外にも深い話が多いことに気づかれたのではないでしょうか。それは、食という文化の奥深さにも関係があると思います。たかが食、されど食。世界のどこに行っても食文化はそこに住む人々の生活に密接に関わっています。それがニューヨークのような大都市では、食を通じた異文化交流へと昇華されるのだと私は思います。そんな料理の向こう側にある人間模様を、ぜひこれらの作品で感じてみてください。
関連リンク
『ディナーラッシュ』
監督:ボブ・ジラルディ 2000年製作 / 99分 / アメリカ
長らくニューヨークでノミ屋家業を営むルイス。ある日、仕事のライバルであるギャングに親友のエンリコを殺害される。一方、ルイスの所有するイタリア料理店「ジジーノ」では、今日も息子のウードが自らの料理の腕を認めて経営権を譲ってほしいと詰め寄る。他にも常連客やウエイトレスなど、個性の強い面々を描いた群像劇。
『ラ・コシーナ/厨房』
監督:アロンソ・ルイスパラシオス 2024年製作 / 139分 / メキシコ・アメリカ
タイムズ・スクエアの大型レストラン「ザ・グリル」に職を求めて訪れる若いメキシコ人女性。幸運にもすぐ雇われるが、そこは多くの移民従業員とアメリカ人経営陣が複雑な人間関係を築く職場だった。資本主義の矛盾や各々の葛藤をレストランを舞台に炙り出した意欲作で、国内外で評価を得た。
『テイクアウト』
監督:ショーン・ベイカー 2004年製作 / 87分 / アメリカ
家族を残して不法入国した中国人のミンは、中華料理店のデリバリーとして働いている。借金を取り立てる密入国業者に夜までに$800揃えるようにと脅されたミンは、チップを稼ぐため雨のニューヨークを一日中奔走する。ドキュメンタリー調の映像がリアルさを与え、低予算ながら評価の高いショーン・ベイカー監督の初期作。
『ジュリー&ジュリア』
監督:ノーラ・エフロン 2009年製作 / 123分 / アメリカ
アメリカにフランス料理を広めた料理研究家のジュリア・チャイルドと、そのレシピを再現しようと試みるジュリー・パウエルを描いたコメディ映画。実在の女性二人を同時進行的に追う変わった手法が話題を呼んだ。ジュリア・チャイルドを好演したメリル・ストリープは、第82回アカデミー主演女優賞にノミネートされた。
