Ep.9 ドキュメンタリー映画で知るニューヨーク|ニューヨーク映画案内

ニューヨーク映画案内

ニューヨークが舞台の映画は数多いですが、実際に過ごしてみるとフィクションとの違いに驚くことも。スクリーン上のキラキラした摩天楼は、800万以上の人々が現実を生きる血の通った街なのです。

そんな大都市の本当の顔を知るために、ドキュメンタリーは貴重な存在。時に、暮らしている者さえ知る由のない、歴史や人物について学ぶこともできるのです。今回は、世界を魅了し続けるニューヨークが題材の、おすすめドキュメンタリーをご紹介します。

ニューヨークが育んできた数多のアーティスト達を扱った作品群で、私が思い入れのある一作は、『ビル・カニンガム&ニューヨーク』です。ビル・カニンガムは、2016年に死去するまで50年以上もニューヨークファッションを撮り続けてきたフォトグラファー。ニューヨーク・タイムズ紙に長寿ファッションコラムを連載していた彼は、ランウェイからストリートまで、目を留めれば分け隔てなく撮りました。

ファッション業界の重鎮からも一目置かれていたカニンガムは、「彼に撮られたら一人前のファッショニスタ」と言われていたほど。一方で、キャンバスの素朴な仕事着を愛用し、カメラ片手に市内を自転車で縦横無尽に走り回りました。その真摯な仕事ぶりと、そんな彼にまで忍び寄るニューヨーク資本主義の手に、思わず涙腺が緩みます。せめて一度だけでも、自転車で颯爽と走る彼を見たかったものです。

文化の発信地としてのニューヨーク。書籍、音楽、映画に至るまでそのジャンルは多岐にわたります。そんなカルチャーの変遷を辿る、こちらの三作品はいかがでしょうか。

『ブックセラーズ』は、ニューヨークを中心に書籍売買を営む人々(ブックセラー)を追うドキュメンタリー。全盛期の1950年代には市内に400店舗近くあった本屋も、次々と閉店を重ねて今や100以下。しかし、コレクターや新店舗など次世代のブックセラーが台頭していることも知れ、希望を持てる内容となっています。

次は『アザー・ミュージック』。イーストビレッジに店舗を構え、音楽マニアの聖地として愛されていたものの、惜しくも2016年に閉業したレコード店のドキュメンタリーです。他に類を見ない包括的な品揃えだけでなく、音楽好きの社交場としても貴重な役割を果たしていた「アザー・ミュージック」。全てがオンラインへと移行していく中、時間を忘れ対面で好きな事について語らう場は、こうして消えていくのでしょうか。

最後は『キムズビデオ』。ソーホー近く、アスター・プレイスに存在した伝説的レンタルビデオ店「キムズビデオ」の歴史と、閉店後に行き場を失った何千点もの映像作品の行末を追った、ドキュメンタリードラマです。

今作の面白い点は、どこまでが真実で、どこからが演出かわからないところ。嘘のような実在の人物たちが、怪しいけれど魅力があって、型破りなビデオ店の雰囲気と見事にマッチ。数多くの映画名場面も登場して、何かを一身に愛する者たちの情熱を感じられる作品です。

ニューヨークは夢と希望の地の一方で、綿々と続く貧富差と暴力にも悩まされてきました。そんな摩天楼の裏の顔を知ることも、多面的な大都市をより深く理解するために重要です。

『バワリー25時』は、1050年代の貧困地区バワリーを舞台としたドキュメンタリータッチの映画。多少演出があるものの、登場する貧困街は紛れもなく本物。安酒場に昼間からたむろして呑み続けるホームレスや、そこから抜け出そうと奮闘する若者たち。だまし騙され、希望を失い、また路肩へ舞い戻る。そんな救いようのない負のループは、決して過去の遺物ではありません。

『セントラルパーク・ファイブ』は、1989年にセントラルパークで起こった強姦事件と、嫌疑をかけられた5人の黒人青年を追ったドキュメンタリー。不当な捜査で逮捕起訴された彼らは6~13年の刑期を強いられることに。が、2002年に真犯人が見つかったことで冤罪判定され、釈放されます。

自由の身になったものの、貴重な青年期を刑務所で過ごした彼らの前には厳しい現実が立ちはだかります。正義とは何なのか。冤罪に対する償いとは。司法や人種差別といった根深い問題を考えるきっかけとなる一作です。2019年には、『ボクらを見る目』というタイトルでミニシリーズも制作されました。

ここまで単発のドキュメンタリー映画を紹介してきましたが、2時間ほどに内容を凝縮することは時に難しいもの。対してシリーズ物は、じっくりと対象について学ぶことができます。そこで最後に、ニューヨーカーの日常を垣間見れる配信シリーズを二つご紹介します。

『都市を歩くように−フラン・レボウィッツの視点』は、マーティン・スコセッシ監督のNetflixシリーズ。監督の旧友であり、ニューヨークを代表する作家フラン・レボウィッツが、ニューヨークについて言いたい放題話しているミニシリーズです(レボウィッツは、先述の『ブックセラーズ』にも登場)。

ニューヨーカーの歯に衣着せぬ率直さ(不躾さ?)が好きな人は、きっと今作が気にいるはず。常に何かに対して怒っているレボウィッツに、私は笑いが止まりませんでした。文句タラタラなのにニューヨークに対する深い愛情を隠し切れない彼女の魅力は、同時にこの不可思議な大都市の魅力でもあります。

そしてU-NEXTで観れる注目のドキュメンタリーシリーズが、『ニューヨーカーの暮らし方』。このシリーズの魅力は、ジョン・ウィルソン監督の人柄と、目を見張るほど膨大な記録映像。常にカメラを回し続けてきたのか、興味深いニューヨークの日常が丁寧に根気よく切り取られています。

ここで声を大にして言いたいのは、ニューヨークに暮らすと、本当に「ウソー」と思うような人や出来事に遭遇するということ。最初はいちいち驚いても、その内それが日常になってきてしまいます。だからこそ、そんな決定的瞬間を捉えた今作を見ると、ニューヨークの街を実際に歩いているような懐かしさを覚えます。シュールで可笑しい大都市の日常を疑似体験できるシリーズです。

ニューヨークが題材の良質ドキュメンタリーは他にも多数存在しますが、あまりにも長くなるのでここまでとします。秋の夜長、暖かいコーヒーでも飲みながら、じっくりニューヨークについて学んでみてはいかがでしょうか。


『ビル・カニンガム&ニューヨーク』
監督:リチャード・プレス 2010年製作 / 84分 / アメリカ

『ブックセラーズ』
監督:D・W・ヤング 2019年製作 / 99分 / アメリカ

『アザー・ミュージック』
監督:プロマ・バスー、ロブ・ハッチ=ミラー 2019年製作 / 85分 / アメリカ

『キムズビデオ』
 監督:アシュレイ・セイビン、デイヴィッド・レッドモン 2023年製作 / 87分 / アメリカ

『バワリー25時』
 監督:ライオネル・ロゴージン 1956年製作 / 65分 / アメリカ

『セントラルパーク・ファイブ』
 監督:ケン・バーンズ、サラ・バーンズ、デイヴィッド・マクマホン 2012年製作 / 119分 / アメリカ

『都市を歩くように−フラン・レボウィッツの視点』:
監督:マーティン・スコセッシ 2021年製作 / 全7回/ アメリカ
Netflixにて配信中。


『ニューヨーカーの暮らし方』
監督:ジョン・ウィルソン 2020年製作 / 3シーズン / アメリカ
U―N E X Tにて配信中。

この記事を書いた人
はるこ

神奈川県出身。短編映画を国内外で制作しています。最新作「Ramen Symphony」は現在、映画祭にエントリー中。好きな映画のジャンルは旧作、時代物、ヒューマン系など。最近はドキュメンタリーにもハマっています。

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