Ep.11 ホリデーシーズンには、ちょっと贅沢な映画鑑賞を|ニューヨーク映画案内

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いよいよ年末が視野に入ってきました。アメリカでは、ハロウィンが終わると一気にホリデームードが高まります。11月後半のサンクスギビングが終わると、4週間後にはもうクリスマスが控えており、その1週間後には新年、とあっという間に過ぎ去るのが毎年の印象です。

そしてこの季節は、遠方の家族に会いに行ったり、親しい人たちとホリデーを祝う特別な時期。街の煌びやかな装飾に心踊らせて、日常とは違う少し贅沢な体験をしたいな、なんて思いますよね。

ニューヨークのホリデーシーズンのシンボルといえば、ラジオシティ・ミュージックホールでのクリスマス公演や、市内の至るところで開催されるホリデーマーケット、そしてロックフェラーセンターのクリスマスツリー点灯などなど。では、映画に関するホリデーの特別な体験はあるのでしょうか。

ニューヨークのリンカーンセンターを拠点に活動するニューヨーク・フィルハーモニック。一年を通して多様な企画のコンサートを開催していますが、ホリデーシーズンの目玉といえば「The Art of the Score」。「映画音楽の芸術」という名の今シリーズでは、映画の上映に合わせてオーケストラの生演奏を堪能できます。

毎年、新旧ジャンルが織り混ざった作品が選ばれ、今シーズンのラインナップは『ホーム・アローン』、『ミラベルと魔法だらけの家』、『スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還』。過去には『ジュラシック・パーク』や『ブラックパンサー』、『サイコ』などが上映されました。

2018年、私はこのシリーズのポール・トーマス・アンダーソン監督『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』を鑑賞しました。2007年制作、ダニエル・デイ=ルイス主演の今作は、20世紀初めのアメリカを舞台に、石油発掘で巨万の富を得ることに取り憑かれた男の半生を描いた作品。そのスケールの大きさや、歪んだアメリカンドリームの描写が高く評価されました。

今年、レオナルド・ディカプリオ主演の『ワン・バトル・アフター・アナザー』で注目を集めているアンダーソン監督。両作で映画音楽を手がけたのは、バンド「レディオヘッド」のギタリストで、音楽家のジョニー・グリーンウッド。アンダーソンと長らくコラボレーションを続けており、他にもジェーン・キャンピオン監督『パワー・オブ・ザ・ドッグ』や、村上春樹原作の『ノルウェイの森』も担当しました。

すでに鑑賞済みの作品ではありましたが、やはり生演奏で楽しむ『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』は格別。特に、作品中盤で訪れる油田発掘のシーンは、映像の臨場感と音楽の盛り上がりが相まって鳥肌ものでした。心なしか、会場に来ていた人たちもちょっとおめかしをしており(実は私も)、映画鑑賞を特別な体験としてレベルアップした、ホリデーシーズンにピッタリのイベントでした。

生演奏が大きな役割を果たす映画といえば、やはりサイレント映画ではないでしょうか。映像と演技、そして時折入る「インタータイトル」と言われるスライドでストーリーを読み取るサイレント映画は、実は昨今、再び注目を集めているジャンルでもあります。

サイレント映画スターの代表格といえば、やはりチャーリー・チャップリン。ユーモラスな見た目とコミカルな演技、そして常に根底にある社会風刺で、今でも評価される作品が多数あります。2014年、そんなチャップリンのキャラクターが誕生してちょうど100年を記念し、様々なイベントが開催されました。 その一部として行われたのが、先述のニューヨーク・フィルオーケストラによる、『モダン・タイムス』の上映とオーケストラ演奏。私は、幸いなことにこちらも鑑賞することができました。

実は、『モダン・タイムス』は厳密に言うとサイレント映画ではなく、ちゃんとした映画音楽が付いています。その音楽を作曲したのは、なんとチャップリン本人。構想、脚本、主演、そして音楽に至るまで、チャップリンは今作の大部分を担当しています。

未鑑賞の方たちのために詳しいネタバレは避けますが、実は『モダン・タイムス』では、サイレント映画手法を逆手に取ったあるシーンが登場します。そしてそのシーンが、観客がチャップリンの声を初めて聞いた瞬間だったそう。

1927年に世界初のトーキー(音と映像がシンクロした映画)が誕生して以来、映画界は大きな過渡期を迎えます。1936年制作の『モダン・タイムス』は、まさに元来のサイレントならではの制作方法と、新しい技術の普及が混在した時代の一作。それは、『モダン・タイムス』が描く第2次産業革命や大恐慌と重なるものがあります。

そんな、深いテーマをユーモアを混じえて描いた『モダン・タイムス』。この時が初鑑賞でしたが、素晴らしい生演奏で存分に楽しむことができました。そして、最後はチャップリンらしい一言で終演。そのダイレクトなメッセージに、私は予想以上にハッとさせられ、コメディの奥深さを実感しました。今でも、当時の感動は忘れられません。

近頃、日本でも生演奏や、活弁の付いたサイレント映画上映が数多く開催されています。特に、活弁士の方が映写と同時進行でセリフや場面説明を行う上映は、その高い技術を間近で楽しめる貴重な体験。日本独特の文化である活弁は、外国人観光客の間でも注目を浴びているそうです。

いつもの映画鑑賞に、プラスワンの素敵な体験。せっかくのホリデーだから、そんな特別な上映を探してみるのも良いかもしれませんね。


『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』
監督:ポール・トーマス・アンダーソン 2007年製作 /158分 / アメリカ

20世紀初頭のアメリカで、石油王となるべくあらゆる手段を投じる男、ダニエル・プレインビューの半生を追った作品。資本主義、信仰、アメリカン・ドリームなど、現代にも通じる題材を描き、主演のダニエル・デイ=ルイスが2007年度アカデミー最優秀主演男優賞を受賞した。


『モダン・タイムス』
監督:チャールズ・チャップリン 1936年製作 / 87分 / アメリカ

第2次産業革命の只中に制作され、機械文明や資本主義を痛烈に風刺した作品。大工場で働くチャーリーは心身を病み病院送りとなるが、貧しい少女と知り合いその毎日が変わっていく。チャーリーが機械に取り込まれるシーンや、名曲「スマイル」などを生み、映画史にその名を刻む名作。


ニューヨーク・フィルハーモニック「The Art of The Score」シリーズ(英語)
https://www.nyphil.org/concerts-tickets/explore/films/

この記事を書いた人
はるこ

神奈川県出身。短編映画を国内外で制作しています。最新作「Ramen Symphony」は現在、映画祭にエントリー中。好きな映画のジャンルは旧作、時代物、ヒューマン系など。最近はドキュメンタリーにもハマっています。

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