先日、ある上映会に行った際に、閉店してしまった喫茶店が舞台になっていて、映画の中でお店の風景が生き続けている・・・というような話を聞いた。「記録」としての映画の役割を改めて考えさせられる瞬間だった。
失ってしまった風景が残っている映画として私の心に刻まれている作品のひとつが侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の『珈琲時光』(2003年)である。この作品は、小津安二郎監督の生誕100年を記念して、日本を舞台に撮影された映画で、主演は浅野忠信と一青窈が務めている。
主人公の陽子の母親(生みの親)は台湾人。そんな自分のルーツをたどるために、資料を探しており、神保町の風景がたくさん登場する。
私は神保町という街がとても好きだ。ディープなカルチャーが集中している趣のある良い街で私にとっての「東京」のイメージそのものの街。土日祝日よりも平日開いている店が多いので、だいたいは有給をとって遊びに行く。古本屋さんをはしごして、疲れたら喫茶店で休む。喫茶店も最低3軒ははしごしたい(さぼうるはマスト!)
そんな大好きな神保町の歴史が刻まれている映画が『珈琲時光』である。
浅野忠信が店主を務めた古本屋は「誠心堂書店」で今も健在。
余談だけど、浅野忠信が演じた肇ちゃんは、駅のホームなどで音を収集しているのだけど、これはヴィム・ヴェンダースの『リスボン物語』のオマージュだと思っている。(知っている人がいたら教えてください。)
萩原直人が働いていた天ぷら屋「いもや」は残念ながら閉店している。
「いもや」は知っている人も多いだろう。安くて美味しい天ぷら屋さんとして人気があった。私も20代の頃、夫と食べに行った思い出の残る店である。
ちなみに現在は、「天ぷら いもや」として、当時のいもやで働いていた職人さんが経営している天ぷら屋さんがある。こちらも安くて美味しい当時を思い出す懐かしい味でオススメ!
https://tabelog.com/tokyo/A1310/A131003/13131365/
そして、最後にご紹介したいのが、一青窈がよく足を運んでいた喫茶店「エリカ」である。
この映画を見て気になっていたものの、どこのお店なのかわからずにいたのだけど、あるとき「エリカ」だと知って、夫と足を運んだ。平日の人がいない時間帯だったので、マスターとお話をした。エリカには1号店と2号店があり、私たちが行ったのは2号店。その時すでに1号店は閉店していて、映画に出演していたマスターは、2号店のマスターのお兄様だったということ。映画を観て遊びに来たと伝えると「もう渡してないんだけど」と言って、マッチをくれた。小さなかわいいマッチ。きっとマスターにとってもお兄さんとの思い出が詰まった大事な映画なんだろうなと思う。ちなみにもうその2号店ももう無い。
ちなみにこの『珈琲時光』は中国の監督が作ったとは思えないくらい、日本の風景が正しく描かれていたように思う。神保町の風景、荒川線の雰囲気、浅野忠信と一青窈の自然な演技や、一青窈の実家でのやり取りなど、小津安二郎をオマージュしているとはいえ、本当に日本そのものだった。このコラムを書くにあたって知ったのだけど、ホウ・シャオシェン監督は神保町がお好きだそうだ。日本人と近い感覚で神保町という街を捉えていたのだろうなと思った。
岩波ホールがなくなり、喫茶店も古本屋さんも当時より減って、神保町の街も少しずつ変化しているけど、『珈琲時光』の中には当時の神保町の風景が生き続けるし、マッチを見るたびにエリカのマスターを想う。それは時代の変化に虚しさを感じてしまう私にとって救いのようなものかもしれない。
珈琲時光
侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督/2003年製作/103分/日本
配給:松竹
劇場公開日:2004年9月11日
小津安二郎監督の生誕100年を記念して、「悲情城市」「フラワーズ・オブ・シャンハイ」のホウ・シャオシェン監督が、東京を舞台にひとりの女性の日常を繊細に描く。フリーライターの陽子は、産みの母が台湾人で日本と台湾を行き来しているが、ある日、台湾の男性の子供を妊娠していることに気づく。ヒロイン陽子を演じるのは、デビュー曲「もらい泣き」で注目を集めた一青窃。彼女に想いを寄せる古本屋店主役で浅野忠信が共演。
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■参加クリエーター
コラム:shin/はるこ/kawamitsu/やすよ/mint/piiiyaaa/中原 陸/ぶぶ漬け イラスト:ふせ こに デザイン:エータ

