【2025.10.17.fri】公開『モロカイ・バウンド』のご紹介!

作品情報

ネイティブ・ハワイアンで沖縄にもルーツを持つアリカ・テンガン監督の長編劇映画第2作で、現代ハワイに生きる父子の絆を描いたドラマ。

ハワイ諸島の中でも観光地化されておらず、手つかずの自然と伝統文化が残るモロカイ島。モロカイを離れオアフ島で暮らすネイティブ・ハワイアンのカイノアは、とある事情で服役した後、仮釈放される。「前科者」というレッテルに苦しみながらも、疎遠になっていた息子ジョナサンとのつながりと、先住民としてのアイデンティティを取り戻すべく、険しい道を歩みはじめるカイノアだったが……。

テンガン監督が2019年に手がけた同名短編をもとに、自ら長編映画化。主人公カイノア役のホールデン・マンドリアル=サントスをはじめ、キャストにはテンガン監督とともにハワイで育った友人たちを起用。2024年・第44回ハワイ国際映画祭で最優秀メイド・イン・ハワイ長編劇映画賞とカウ・カ・ホク賞(新人監督賞)、第2回Cinema at Sea 沖縄環太平洋国際映画祭で太平洋島嶼特別賞を受賞した。

2024年製作/112分/PG12/アメリカ
原題または英題:Molokaʻi Bound
配給:ムーリンプロダクション
劇場公開日:2025年10月17日

作品レビュー

大いなる地への船出

 はじめて爆音のバンドサウンドをライブで体験した時のような、思いのほか長距離の旅になった道中でのハイな気分のような、そんな非日常に出会ったアツい記憶というものがある。鑑賞後の、アツく、そして清々しい気持ち。作品自体の概要、あらすじをほかの情報欄にゆずるとしても、こんな体温のまだ高い状態でどんな映画レビューを書けばいいのだろう。

 観終わったのはアリカ・テンガン監督『モロカイ・バウンド』。ネイティブ・ハワイアンのチームによる彼らのルーツの再発見がテーマの作品。そして、大きな大きな意味での、ひとりの男の更生のストーリー、いや、”気づき”の物語か。

 人間とは、岐路に立つ時、”大いなる記憶”に動かされることがあるのだと気づく。息子をともない故郷の島に向かうカイノア、「オレたちの祖先は大海原を旅してきた人々だ」という言葉は、目の前に迫った苦難を(償う前提の罪を犯していると)覚悟した上で、それさえも取るに足りないことと思えるほどの彼の決意であり、”スピリット”という言葉以外に言い換えられないものに突き動かされた行動だった。(もちろん周囲の人たちには侘びながら。)

 鑑賞後の、喜びさえ感じる強い肯定感は、ぼくの中に数日間残ったままだった。そればかりか、カイノアという親友とツルむ自分の行動を想像し、アナザー・ストーリーを勝手に創ってしまう妄想さえ生じた(「アイツの気持ち、オレ、わかるよ」とか言いながら)。普段は一切考えもしない”男どうしの友情”などというやや恥ずかしい胸アツなテーマに浮かされて。そこまでスクリーンに没入してしまうのは、惜しみなく記録されたハワイの美しい景観を(できれば彼らと一緒に)旅することへの憧憬のせいだし、それほど自分が、遺伝子レベルの超自然的な生き方を時に求めてしまうことを不意にこの映画に気づかされたのだ。

 先史時代に最初に赤道を越えて火山島ハワイに住み着いた先住民のことを想像すると気が遠くなるけれど、ひと世代ごとに伝え継がれた言葉たちが、21世紀のアメリカ合衆国の一州で生きているなんていうことも素晴らしすぎる。

 だからカイノアの気持ち(あるいは悟り)がわかってしまったのだ。日々の経済活動や制度の中での人生にどんな価値があるのだろう。多くの人は、”社会を生きている”に過ぎない、短い”人生”ですらなく。

 鑑賞後の清々しさの理由は、やはり、息子のジョナサンの変化にある。モロカイ島に着いたあと、ハワイ語の名前で自己紹介するようになったあの彼なら、何年後かの再会の時にも、きっと父親の味方でいるだろうという信頼感、やはり周りが見放したとしても。ハワイ語の辞書にカイノアが忍ばせた彼への手紙を、そして、そのメッセージをいつまでも大事にする大人に育つに違いない。それは、細々とした家族の永遠につながる記憶の新しい礎になるだろう。心からそう思う。

 アイデンティティを探すこの映画のエンディングは”なつかしい未来”に続いている気がした。

shin/ライター Podcast編集・音楽制作(Lintree


日本人にとって、ハワイはどこか懐かしさを感じる地名の一つでしょう。新婚旅行、結婚式、初めての海外旅行にハワイを選ぶ人も少なくありません。実際に訪れたことがなくても、街角のカフェや文化を通して、ハワイを身近に感じているのではないでしょうか。

しかし、この『モロカイ・バウンド』に描かれているハワイは、観光地の華やかさとは裏腹に、そこに暮らす人々の息遣いが感じられるリアルな姿でした。「モロカイ」はハワイ諸島の一つで、手つかずの自然が残る島です。

それもそのはず、アリカ・テンガン監督をはじめ、出演者もハワイやネイティブ・ハワイアンにルーツを持つ方々です。テンガン監督は、一般的な映画で描かれるハワイが、自分が生きる世界とはかけ離れていると感じ、真のハワイを映し出すために映画を学んだと言います。

そんな地元の人々の手によって生み出されたこの作品は、彼らにとって一筋の光のように輝いて見えたことでしょう。

物語は、主人公カイノアが出所するところから幕を開けます。罪を犯した人間の再生、その過程で芽生える家族の愛、そして自身のアイデンティティとの葛藤。この三つの軸が巧みに織りなされながら、物語は深く進行していきます。果たしてカイノアに再生の道はあるのか、犯罪加害者家族となってしまった人々の心境は、そして自身のルーツを見つめ直し、家族の愛を再確認することはできるのでしょうか。

みどり/カシミヤフィルム代表(Instagram)


全編を通して自然に囲まれたハワイの暮らしが伝わってくる。青い海と深い森。それは単に背景として存在しているのではなく、主人公のカイノア初め人々の暮らしに密接に関係している。食事、仕事、言語。生活を構築するあらゆる面で、先住民と開拓者、都会と田舎、持つ者と持たざる者の関係性が浮き彫りとなる。それを雄大な自然が静かに包み込むが、それすらも人間は壊そうとする。

『モロカイ・バウンド』でハワイ、とりわけモロカイの全てを学ぶことはできない。ただ、綿々と受け継がれてきた複雑なストーリーが、丁寧に描かれたカイノアの葛藤から見え隠れするのみである。明快な結論や安易な幸せを与えてはくれないのだ。なぜなら、それはハワイの人々の長い長い苦悩を、そして守るべき素晴らしい文化をないがしろにする行為だから。だからこそ、私たちはもっと知る努力をしなくてはいけない。そう教えてくれる作品だった。

ふじもと はるこ/映画監督(Instagram 公式サイト


Podcast キネマ・デイズ

配給元であるムーリンプロダクションの代表取締役社長 菅谷聡さんをゲストにお迎えして、作品の魅力をお伺いしておりますのでぜひ聴いてください!

この記事を書いた人
みどり
カシミヤフィルム 代表

映画とミニシアターが好きなおばちゃんです。 好きな監督はヴィム・ヴェンダース、ジム・ジャームッシュ、ジャン=リュック・ゴダールなど。ヒューマンドラマ、音楽が素敵な映画が好物です。 その他、海外旅行、喫茶店巡り、猫、音楽が好き

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です