【前編】小心者たち、伝説の原作者を訪ねる

シネマにまつわる2、3の事柄

アラブ風の飾り窓が柔らげる北アフリカの光とベッドの中のあの姿、静謐な空気に低く響くあの声をいまもはっきりと思い出すことができる。
 映画「シェルタリング・スカイ」、タンジェのカフェ、少しかすれたあのシーンと同じ声。

 その年の夏、ある好奇心から僕と友人はモロッコに旅立った。30年近く前の話だ。
 友人とは、いろんな芸術について夢中で話す仲だった。彼は大竹伸朗のモロッコ旅行記を持っていたし、僕はビートニクス本や未知の民族音楽を漁っていた。とにかく、芸術的刺激が欲しかった。そんな中で、モロッコのある地域に伝承されてきた刺激的な音楽の存在を知った。「行ってみない?」そんな感じだった。

 インターネット時代直前、情報は少なかった。出版物に頼るほかなかったがそれも乏しかった。
 言葉の通じない中、遠回りしたり騙されたりしながら探しに探してマスター・ミュージシャンと呼ばれる彼らの村に辿り着くことができた、やっとこさ。(端折ったが、本当は、ここまで語るにも何千字も必要だ。)

 彼らは、何のアポイントもなしに突然訪ねてきた日本人の若者を快く受け入れてくれた。今思えば、かなり頼りない欧米かぶれの若者に見えたのだと思う。実際そうだったし。
 2日ほどその村に寝食含めお世話になりいろいろな話を聞かせてもらった。夜は彼らの音合わせ(リハーサル)をすぐ側で聴くこともできた。彼らと話す中で、モロッコの文化を欧米に紹介するコミュニティがあることを知った。フランス、アメリカへのパイプラインを通って彼らの録音作品も世界にリリースされていた。

 旅の友として携えた数冊の本の中にポール・ボウルズがあった。もともと作曲家だったボウルズは、モロッコ移住前から北アフリカの伝統音楽の紹介者として活動していたらしかった。
 僕の本を見るとリーダーのバシール氏がこう言った。「タンジェに住んでるから会って帰るといいよ。」
 「え?ボウルズに会う!?そんなことできる!?」彼から教えてもらった住所のメモを手にしても半信半疑なままだった。
 それはそうだろう。数年前、ベルナルド・ベルトリッチ監督が映画化した「シェルタリング・スカイ」の原作者だ。作者本人も出演している。関連書籍には伝説の小説家なんて書いてあったし。サウンド・トラックだって坂本龍一、教授だよ。いくつも賞だってとってるはず、えーっ!?だ。なにしろ、この不躾な二人がここで温かく接してもらうだけでも十分すぎるのに。

 しかし、粗野な好奇心には身の丈をわきまえない勇気がつきものだ。タンジェの町に宿を取ると、この偶然の奇跡に興奮して僕らは町に出たのだった。伝説の小説家を探しに。

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