わからない映画ほど、長く心に残ってしまう。
10代の頃、はじめてレオス・カラックスの『汚れた血』を見た日のことを、今でもよく覚えている。内容をきちんと理解できたとは言えない。ただ、画面の中を走るドニ・ラヴァンの身体や、唐突に流れ出す音楽、どこか行き場のない感情の手触りだけが、強く残った。映画を見終えたあと、「これは好きなのか、わからないまま惹かれているのか」と戸惑った感覚も含めて、その体験は長く記憶に留まっている。
1980年代のフランス映画を振り返ると、私がカラックス作品を観て感じた戸惑いは、時代そのものと深く結びついていたのだとわかる。
ヌーヴェル・ヴァーグという大きな革新がすでに歴史となり、映画が声高な反抗よりも、自分たちの表現をどう続けていくかを考え始めた時代で、フランス映画は、静かに姿勢を変えながら、世界と向き合っていたのが80年代なのだと捉えている。
80年代フランス映画と「シネマ・デュ・ルック」
この時代を語るとき、必ず登場するのが「シネマ・デュ・ルック」という言葉。強い色彩、夜の都市、人工的な空間、音楽と結びついた身体の動き。物語よりもまず視覚的な印象が前に出る映画群を、批評家が後からまとめた呼び名で、フランス映画は難解で古風、というイメージを更新し、若い観客の感覚と再びつながろうとした。その試みは、賛否を伴いながらも、確かに時代の空気を映し出している。
そんな文脈の中で、レオス・カラックスの名前は少し特別な響きを持っている。初期作品の『ボーイ・ミーツ・ガール』や『汚れた血』は、シネマ・デュ・ルック的な外観をまといながら、どこか違う方向を見つめているように感じられる。ネオンの光、疾走する若者、音楽に合わせて動く身体など、確かに80年代的な要素は揃っている。それでも画面の奥には、流行とは別の時間が流れている。
『汚れた血』に触れるということ
『汚れた血』(1986)は、その違いが最もはっきり表れていると思う。近未来という設定が置かれてはいるものの、世界観はほとんど説明されない。物語の骨格はシンプルで、ウイルスに侵された世界で、若者が年上の男の恋人に惹かれていくという、それだけの話。しかし映画が本当に見つめているのは、状況や設定ではなく、若さそのものが持つ過剰さと不安定さがある。
ドニ・ラヴァンの身体は、この映画の中心にある。走ること、跳ぶこと、転ぶこと。彼の動きは、物語を前に進めるためというより、感情をそのまま画面に刻みつけるために存在しているように見える。とくにデビット・ボウイの曲とともに街を疾走する場面は、映画史の中でも繰り返し言及されてきた。そこには高揚と同時に、どこへも辿り着けない切なさが同居している。
『汚れた血』において、恋は救済ではない。むしろ、身を委ねるほどに破滅へ近づいていく。それでも走らずにはいられない身体が、若さの本質をそのまま引き受けている。物語を理解するというより、感情に触れてしまう。その感覚が、単なる80年代的スタイル映画ではなく、今も参照され続ける作家映画にしている。
カラックスの特異さは、彼が映画史の内部に深く位置づけられている点にもある。
映画批評誌『カイエ・デュ・シネマ』出身で、ゴダールやサイレント映画への意識が非常に強い作家であることは、しばしば指摘されてきた。そのことを象徴するのが、ジャン=リュック・ゴダールの『リア王』(1987)への出演。
カラックスはインタビューの中で、「自分は俳優ではないが、ずっと俳優をしてみたいと思っていた。問題は信頼できる監督を見つけることだった」と語っている。そして『リア王』については、「ゴダールが製作するという話を聞いて出演を決めた」とも明言している。ここで重要なのは、俳優としてのキャリアを求めたというよりも、映画そのものへの信頼が出演の動機になっているということ。
『リア王』の中でのカラックスは、物語を担う役割というより、象徴的な存在として画面に置かれている。断片や引用が交錯するこの映画において、若い映画作家が出演者として現れること自体が、映画史の連なりを可視化しているようにも見える。映画を作る側でありながら、映画の中に身を差し出す。その二重性は、後のカラックス作品にも通じる重要なモチーフなのだと思う。
フランスの批評において、カラックスはしばしば「シネマ・デュ・ルックの中で最も異質な存在」と語られてきた。映像の強度は共有しながらも、映画の内部にある論理があまりに私的で、詩的。そして、過剰であるところから、作品には一貫して恋、孤独、破滅といった古典的な主題が繰り返し現れる。それらは現実的な物語としてではなく、どこか神話のような形で提示される。
そのため海外の批評では、カラックスはジャンル映画の担い手ではなく、オートゥール、つまり強い個人性を持つ作家として位置づけられてきた。売れ行きや流行とは少し距離を取りながら、それでも確かに映画史の中に居場所を持つ存在。80年代という時代の光をまといながら、カラックスは常に少しだけ別の方向を見て個性を維持していたのかもしれない。
1980年代のフランス映画は、映像の力で世界と対話しようとした時代だった。その中でカラックスの映画は、流行の只中にありながら、流行だけでは終わらない時間を内包している。だからこそ、今あらためて見返しても、どこか個人的な感情に触れてくる。静かに、けれど確かに、こちらの記憶や感覚を揺らしてくる。
『汚れた血』のラストシーンで、ジュリエット・ビノシュ演じるアンナは、両手を広げて滑走路を走る。血のついた頬に触れ、広げた腕は小刻みにパタパタと動く。その身振りは解放というよりも、むしろ制御を失った身体の徴候であり、観る者に一瞬の不安と狂気の気配を感じさせる。
全体的に夜のイメージに支配されているのに対し、この場面だけが朝であることは偶然ではないのだと考察する。鳥のさえずりが終始響くなかで走るアンナの姿は、生への祝祭というよりも、死や消失へと向かう予兆として機能しているように見える。彼女の動きは「生き延びる」ための走行ではなく、「私もいつかそっちに行くわ」という、すでに生の外部を意識した身体の表現なのではないかと…レオス・カラックスの映画において、身体は言語よりも雄弁であり、感情や思想はセリフではなく運動として現れる。走る、踊る、跳ねるといった過剰な身振りは、登場人物が世界に適応できないことの証であり、同時に世界と直接衝突しようとする最後の手段で、アンナの走りもまた、その系譜に連なる。
カラックスの詩的でクリエイティブな映像美には、耽美主義的な系譜が感じられる。それは、オーブリー・ビアズリーがオスカー・ワイルド『サロメ』の挿絵で描き出した、愛や美を抱え込みすぎた結果、そっと均衡を手放し、崩れていく身体のイメージに重なる。
そこでは美は救済ではなく、むしろ破滅への加速装置として機能する。
アンナのラストシーンもまた、幸福や未来を指し示すものではない。愛と美しさに賭けてしまった身体が、もはや現実の秩序に回収されないことを示す、カラックス的な結末。『汚れた血』の朝は希望の光ではなく、夜を生ききった者にのみ訪れる、静かな終焉の色なのだと思う。
10代の頃の私は、『汚れた血』を「よくわからないけれど忘れられない映画」として抱えていた。それから年月が経ち、フランス映画を意識的に見続け、監督の名前や時代背景も、以前よりは整理できるようになった。正直に言えば、少しわかったような顔で映画を見ている自分もいると思う。それでもカラックスの作品に向き合うと、その感覚は簡単に崩れてしまう。
彼の数少ないフィルモグラフィーに込められているものは、「理解できているようで、実はほとんど掴めていないのではないか…」と感じさせられる。でも、それでいいのかなと思っている。
10代の頃に覚えた戸惑いは形を変えながら残り続け、映画を見るという行為そのものを、少しだけ不安定で、少しだけ自由なものにしてくれている。
