こんにちは、はじめまして。
月風穂です。
映画が好きというだけでコラムを書かせていただくこととなりました。
ライターでもない素人ですが、快く受け入れてくださいましたみどりさんにお礼申し上げます。
また、このような素人コラムに目を通してくださっているそこのあなた。
大切な人生のお時間を割いていただき、ありがとうございます。
今回は自己紹介をさせていただきます。
歳は20代後半。
名前は好きな漢字を並べただけです。特に意味はありません。
住居はタイトルのように、岐阜という車が走り回る自然豊かな街です。
ほどよい田舎で、都会人からは鼻で笑われるくらいの都会感を私は気に入っています。
学生時代は映画館でアルバイトをしていました。ミニシアターは残念ながら敷居が高く、地元のシネコンで映画に満たされていました。
タイトルを『岐阜の車窓から』としたのには2つの理由があります。
ひとつは、住んでいるのが岐阜だからという点。
ひとつは、車窓という言葉を使いたかったからです。私たちは人生の終点に向かって常に動いています。車でも電車でも移動手段は構いませんが、ずっと流れている景色を見ています。移り変わる日々や揺れ動く感情も、すべては車窓から眺めている。そんな感覚を持っています。私が映画を観て感じたこともひとつです。岐阜という今のここから、幾重にも広がっていく景色は、旅行での体験のように私の人生に大きな影響を与えています。
続いて映画と私についてです。
映画履歴書を持ってきた方がいいでしょうか?
はい、わかりました。
初めて観た映画は記憶にないですが、おそらくミレニアムシリーズの『ゴジラ』のどれか。または併映されていた『とっとこハム太郎』のどれかです。
言っている意味がわかるそこのあなた。私と同世代ですね。
何故か当時は『ゴジラ』と『とっとこハム太郎』が同時上映していたのです。ハム太郎がゴジラの着ぐるみをきている人形を私は持っています。
ということで、おそらくどちらかが初めて観た映画だと思います。
本格的に映画を好きになったのは高校生になってから。
趣味が特にない未来に不安を感じ、身近でドヤれる趣味ってなんだろう?と考えたときに映画がありました。
当時はテレビでもよくやっていたし、レンタルとかもあったので、観るだけならいいじゃんと思い立ちました。
大学生になると先述したように映画館でのアルバイトも始めました。よく考えると私の映画人生の大半はこの大学時代に形成されています。
この頃にフィルマークスを始めて、自分の観た映画に対してのレビューや感想を書くようになりました。
フィルマークスでは、私の知らないたくさんの映画を観ている方とコメントし合うようになり、ここから映画沼にハマっていきました。
映画って観るだけでももちろんいいですが、こうして記録として残しておくと意外といいことがあるんだなぁと感じた瞬間です。
映画はただの娯楽。それだけではなく、誰かの思いが込められた愛情であり、観る人たちが心を動かされる驚きであり、考える間もなく涙を流す共感でもあります。観るだけでいいじゃんと思っていた頃から、私の趣味は形を変え、自分にとって言いようもない感情を言葉として綴る大切な作業となっていきました。
そんな中衝撃を受けた映画は、ジャン=リュック・ゴダールの『気狂いピエロ(1965)』でした。
映画ってストーリーがあるもの、アクションやホラーを除けば、常識から外れないものという私の常識が覆されたのです。
原色使いまくりの色合いに詩的な表現の数々。唐突なミュージカルに、語りかけてくるベルモンド。
映画でドヤろうと思っていた私が背伸びした先には、果てしない水平線の青さが広がっていました。
映画って作品のストーリー以外で考察することができるし(監督の思想や作風)、映画史なんかを辿っていくのも面白い。
しかも映画ってたくさんあるんですよ!知ってました?
生涯毎日観続けても観きれないほどに。
私の映画履歴書はこんな感じです。
もっと書きたいことは山ほどありますが、すでに山ほど書いているので今回は割愛していきます。
じゃあなんでフィルマークスにとどまらず、今回のコラムを書かせていただいているのか。
フィルマークスでレビューを書いていますが、リアルで語る友人は皆無。
映画って好みの幅がありすぎて、結局語りたい話ができずに終わることってありませんか?
ないですか?私はあるのです。
初対面の相手の頭の上に、好きな映画が表示されれば良いのに、と常日頃から考えています。誰か発明してくれないかな。
そうなんです!映画って語り口が多すぎるがゆえに、共通した感覚を持っている方に近づける確率が異様に低いのです。
ないですか?私はあるのです。
「最近なに観たの?」なんて入り口があるだけで、あとはどうでもいい話に流されていって、相手の話になり終わり。
私の映画愛はどこへも流れていかないのです。
カシミヤフィルム様では“安心して映画を語れる場所”という温かさがあり、だからこそ私もここでコラムを書いてみたい!と思いました。
問い合わせをしたときは心臓が破裂する寸前だったのは秘密です。
1つ目標としたいことは体温を持った文章を書くことです。
映画を素晴らしい語り口で語っている方は星の数ほどいます。
数多いからこそ、誰が書いても同じような文章は書きたくない。
私だからこそ書く価値のあるコラムを書きたいと思っています。
あんまり敷居を高くせず、できればファミレスで深夜にダベっているくらいの質感でいたいです。
私には映画くらいしか語れることはないしなぁと思いつつ、コラムをずっと続けて書けるのかなぁという心配もあったりします。
そんなことを言っているとみどりさんに怒られてしまいますね。すみません。
けど何となくでもいいのかなと。
映画愛で満たされればそれはそれで。
映画について語れる場所があるだけでも幸福ですもの。
これからよろしくお願い致します。
長くなりましたが、それでは。
『気狂いピエロ』
ジャン・リュック・ゴダール監督 1965年/仏・伊
妻との生活に退屈し、逃げ出したい衝動に駆られていたフェルディナン。ある夜、彼の家にベビーシッターとして現れたのは、かつての恋人・マリアンヌだった。フェルディナンは彼女を車で送り、そのまま一夜を共にする。翌朝、彼女の部屋には男の死体があり…。(Filmarksより)