フィンランドの小さな町、カルッキラ。2021年、アキ・カウリスマキ監督と作家のミカ・ラッティはこの町に映画館を作る。ヴェリコ・ヴィダク監督による「キノ・ライカ 小さな町の映画館」(’23)はその手作りシアターのドキュメンタリー。身内だらけのキャストだけれど(笑)、ここ、住みたい!と思わせてくれる作品。
劇場キノ・ライカのこけら落としとして上映されたのは、自国の俊英、ユホ・クオスマネン監督のカンヌ映画祭グランプリ作品「コンパートメントNo.6」(’21)。
2025年、東京。「キノ・ライカ〜」の公開記念特集上映でこの極北の旅映画をぼくも二度目の鑑賞。カウリスマキ兄弟関連でロードムービーというチョイスはうれしい。
旅で知り合う”噛み合わないキャラ”という設定はよくあるが、フィンランド人女性ラウラがモスクワ発の長距離列車の寝台客室で乗り合わせたロシア野郎のリョーハは”マジでムリなヤツ”。粗野で無神経、ラウラは車内に逃げ場がない。それが終着まで3、4日と続くんだから、やれやれだ。が、民度格差の意識を描きつつ、次第に二人は….という話。不器用なラブストーリーの後、目的駅に着いてからの”その先の旅”も素晴らしい。
一旦はなればなれになった二人だったが、ラウラの努力で再会。ここからリョーハの前半とはガラッとちがう「いいヤツキャラ」が炸裂し、ラウラの旅の目的は加速、北の最果てへ。座礁したままの廃船が凍る海岸シーンなど極寒のランドスケープと、前半の閉塞感から打って変わっての動きのあるシーンがよい。
久々の、自分的・名作ロードムービー認定。

「キノ・ライカ 小さな町の映画館」の中で、「ここが新しいカンヌ」と語られるのは、自国からこんな傑作を撮る製作陣が現れ、結果を出し始めたという地元民の自負なのだろう。ちなみに、クオスマネン監督もキノ・ライカの内装仕上げを頑張ってやってたらしい(笑)。
あの雪まみれの後半パートで強烈に思い出された作品がある。アイスランドが舞台の1995年、フリドリック・トール・フリドリクソン監督作「コールド・フィーバー」。
永瀬正敏主演のこの作品、最初の十数分、日本でのベタなサラリーマン生活が描かれるが、レイキャヴィク便の飛行機を降りるとそこから先は、ほぼ真っ白、色のない景色に包まれる。
旅程は思い通りに進まない。クルマはポンコツで最初から雪だるまみたいに凍ってるわ、強盗に遭い結局クルマは盗られるわでとにかく踏んだり蹴ったり。猛吹雪の中、ただ寒くて辛いしろくなことがないという絶望的な旅の中、いい出会いに救われたり、フリドリクソン監督お得意のゴースト(精霊)が彼を助けてくれたりして、最後は人力でなんとか旅の目的地へ。アニミズム的映像を挟んで描きたかったのは、日本や祖国の物質世界化による原初的精神性の喪失に対する憂い。
精霊のシーンはフォルカー・シュレンドルフの「ブリキの太鼓」のオマージュだったり、お爺ちゃん役が鈴木清順監督だったり(クランクイン前は笠智衆の予定だったらしい!が直前に逝去・泣)、そもそも永瀬正敏を主演に抜擢したのはジム・ジャームッシュ作品のプロデューサー、ジム・スターク繋がりだし、好きな要素が絶対詰まってるのがフリドリクソン作品。ほかの作品を観ても、オマージュ、ほんと最高だしね。

「コンパートメント〜」の後半パート、この作品のリスペクトかとも思った。またはこの前々作「春にして君を想う」でもありか(盗難車のエンジンかけるシーンとか。ん?ミカ兄さんの作品にもあったな)。
少し脱線する。当時「コールド・フィーバー」の映像で思い出したのが、子供の頃に観た高倉健主演の「八甲田山」(森谷司郎監督、’77年)。子供心に、冬の雪山の過酷さをリアルに想像したのは強烈に憶えていて。健さん、その次作となるのが北海道の旅物語「幸せの黄色いハンカチ」なんだね。山田洋次監督、日本の名作ロードムービー。そして遺作となったのが、これも秀作ロードムービー「あなたへ」(’12年、降旗康男監督)で、九州に向かう旅。ビートたけし、浅野忠信も脇を固めていた。
連想は連想を呼び気付くのが、日本の作品、日本人出演作品にもいいロードムービーはたくさんあるということ。
価値観の異なる他者との出会いと彼らへの最初の印象、そしてその変化。出会いの繰り返しによる短期間での自身の内面の移ろい、それが一本の中で描かれる旅映画。物語の始まりと終わりでの主人公の心情や、鑑賞者からの人格の見え方も変わっていく。それは、スクリーンの中と外で2時間前後の間に同時に起こる魔法なんだと思う。シーン(見てきた景色)の数だけ人間を変える要素が映画には宿る。
2度目に作品を観た時に、ぼくたち鑑賞者は、主人公たちに対し、過去の自分たちを見ているような目線になるはずだ。それは、客観でもあり、過去の自分の至らなさを許すような、ノスタルジックな気分をともなう回想的主観でもある。
ロードムービーの温度が、よりリアルに感じるのは、日常にない内的時間を、映画の中の旅時間として一気に感じるから。

北国の冬の旅こそ劇場のシートとスクリーンがいい。観終わるころ、体の真ん中から熱いかたまりが溶けて流れる、あの感じ。帰路につくのが、子供の頃の遠足の時のようにちょっと寂しい。
キノ・ライカ 小さな町の映画館
監督:ベリコ・ビダク
2023年製作/81分/フランス・フィンランド合作
劇場公開日:2024年12月14日
フィンランドの名匠アキ・カウリスマキが仲間たちと作った映画館「キノ・ライカ」のドキュメンタリー。
フィンランドの鉄鋼の町カルッキラに、カウリスマキと仲間たちが誕生させた町で初めての映画館キノ・ライカ。深い森と湖、そして現在は使われなくなった鋳物工場しかないこの町で、住民たちは映画館への期待に胸をふくらませ、映画について口々に話しはじめる。
カウリスマキと共同経営者の作家ミカ・ラッティが2021年に映画館をオープンさせるまでの様子やインタビューに応じる姿などをカメラに収め、カウリスマキが自ら館内の内装や看板設置などの作業に勤しむ姿も映しだす。「枯れ葉」に出演した女性デュオのマウステテュトットや「希望のかなた」に出演したヌップ・コイブ、サイモン・フセイン・アルバズーン、盟友ジム・ジャームッシュらも登場し、カウリスマキとの思い出や映画への思いを語る。
コンパートメント No.6
監督: ユホ・クオスマネン
2021年製作/107分/G/フィンランド・ロシア・エストニア・ドイツ合作
劇場公開日:2023年2月10日
長編デビュー作「オリ・マキの人生で最も幸せな日」がカンヌ国際映画祭「ある視点」部門の作品賞に輝いたフィンランドの新鋭ユホ・クオスマネンが、同国の作家ロサ・リクソムの小説を基に撮りあげた長編第2作。
1990年代のモスクワ。フィンランドからの留学生ラウラは恋人と一緒に世界最北端駅ムルマンスクのペトログリフ(岩面彫刻)を見に行く予定だったが、恋人に突然断られ1人で出発することに。寝台列車の6号客室に乗り合わせたのはロシア人の炭鉱労働者リョーハで、ラウラは彼の粗野な言動や失礼な態度にうんざりする。しかし長い旅を続ける中で、2人は互いの不器用な優しさや魅力に気づき始める。
コールド・フィーバー
監督:フリドリック・トール・フリドリクソン
1995年製作/85分/アイスランド・アメリカ合作
劇場公開日:1995年10月28日
東京で平凡に暮らす若いサラリーマンが、客死した両親の供養のために訪れたアイスランドを旅するうちに、次第に変化していくさまをつづったロードムービー。監督はアイスランド映画界のリーダー的存在のフレドリック・トール・フリドリクソンで、「春にして君を想う」(91)「Movie Days」(94)と共に三部作を成す。製作はジム・ジャームッシュ監督の「ダウン・バイ・ロー」「ナイト・オン・ザ・プラネット」、アレクサンダー・ロックウェル監督の「イン・ザ・スープ」など、N.Y.インディーズ・シーンのプロデューサーとして活躍するジム・スターク。脚本は実話を基に、フリドリクソンとスタークが共同執筆。雄大で幻想的なアイスランドの大自然をとらえた撮影は「春にして君を想う」のアリ・クリスティンソン、音楽も同作のヒルマル・オルン・ヒルマルソン、美術はアオルニ・パオッル・ヨハンソンが担当。主演は「ミステリー・トレイン」に続いてスターク作品に出演となる永瀬正敏。共演は「ショート・カッツ」「プレタポルテ」のリリ・テイラー、「スーパーマリオ 魔界帝国の女神」のフィッシャー・スティーヴンス、「春にして君を想う」のギスリ・ハルドルソン。また、主人公の祖父役に映画監督の鈴木清順がふんしている(当初、笠智衆の名が挙がっていた)。

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