はじめに
今回のコラムはカシミヤフィルムのZINE(キネマ・ハライソ VOL.002)に掲載されている同タイトルのコラムの続きになっています。
そちらでは、ミニシアターでの相米慎二との出会いや相米慎二とはどういう人物なのかを書いているので、興味のある方はぜひZINEを手にとっていただきたいと思います。
相米作品に共通するアイコン
よく俺の作品は死を描いていると言われるんだけど、それは違う。
死ぬことじゃなくて生きることの綱渡りをしていることを描いているのだからね。
(中略)失うことや死を恐れたら、片一方の生きるってことがみみっちくなる。
俺の作品はみみっちくなるのをやめようぜって言ってるんだ。
だから相米映画は全て愛と勇気の物語、というか、それしか描けない。
月刊カドカワ1994年6月号「相米慎二に聞く50の質門。」より
相米慎二の作品には、どの作品を観ても繰り返し出てくるアイコンのようなものがいくつかあります。
例えば、水のシーン。水と一口に言っても海や川、湖、水道、風呂、プール、雨などなど、とにかく様々な形で出現します。
もちろん、それぞれのシーンによって水が指し示すものは変化しますが、概ね彼岸と此岸の間を示していると思われます。
そして、花火や火といったものも度々現れますが、これは、命がスパークしている瞬間であるという示唆ではないでしょうか。
代表的なシーンだと、『お引越し』でレンコという少女が琵琶湖を放浪している際に出会う火祭りや夜明け頃の湖のシーンです。
湖では、龍の船渡御が火花を散らしてレンコの元へ向かってきます。そこには過去の幸福な自分と両親がいて、レンコは過去の思い出と相対することになります。過去の自分と向き合い、抱き合ってから「おめでとうございます」と華々しく思い出を見送るという感動的なシーンなのですが、ここで過去や思い出という実体のないものに触れるということと、過去を乗り越えて未来へと向き合うことへの決心をしたという二つの意味合いが重なります。
それはつまり、実体のない彼岸と実体へと向かう此岸との行き来を示していて、水と火の演出が見事に重なった瞬間でもあるのです。
他にも『光る女』のバスが炎上するシーン、『ションベン・ライダー』の河合美智子演じるブルースが海に入っていくシーン、『ラブホテル』のシャワーシーン、『夏の庭 The Friends』の庭に水を撒くシーンやプールのシーンと、挙げるとキリがありません。
また、『台風クラブ』では風の演出も強く印象に残りますよね。
この作品に関して言えば、風というのは感情のささくれだと思っています。
『台風クラブ』だけでなく、『魚影の群れ』も嵐やラストシーンの風に靡く夏目雅子が特に印象的ですよね。
あとは、『セーラー服と機関銃』のエンディングでマリリン・モンローのように通気口の風でスカートが翻るシーン。これは薬師丸ひろ子が女子高生から大人の女性へと一気に移り変わる瞬間を目撃する重要なシーンです。
また、『あ、春』ではラストの散骨シーンで強風が吹いています。
風は感情のささくれと同時に、別れの象徴でもあるのかもしれません。
そして、長回しがアイコンの一つだと多くの人は言いますが、長回しを感じさせない役者への求心力が最も重要だと思います。
役者の映像から飛び出してきそうな迫力のある「運動」、これを最大限魅せるために、結果的に長回しになったのです。
最初から相米監督は長回しを狙っていません。むしろ長回しを狙った『雪の断章―情熱―』のファーストシーンは、カメラワークと舞台セットの素晴らしさがあるものの、駆け足でストーリーを紡いだことを優先した結果の粗さが目立つような気がします。
この作品ではファーストシーンより、秋の北海道の川を斉藤由貴が泳いで渡るシーンの方が圧倒的に記憶に残りました。
相米監督はストーリーを紡ぐことすら否定します。それは先ほど記載した相米監督自身の語りからも証明されています。
役者の運動を効果的に魅せた例として、『東京上空いらっしゃいませ』の結婚式場でのジャズのシーンは外せません。
牧瀬里穂が歌い、中井貴一はトロンボーンを吹く。この2人の躍動感は長回しであることを忘れさせるほどに見惚れてしまいます。
また、『風花』では、小泉今日子演じる風俗嬢のゆり子が睡眠薬を飲んで、氷点下の北海道の雪原の中凍死していく過程の中、薄着姿のままコンテンポラリーダンスをするシーンがあります。
このシーンは、どこか儚く、タイトルを体現しているようでもありますし、「運動」そのものを切り取った象徴的なシーンでもあると思います。
「運動」という表現の中では、『光る女』で武藤敬司のプロレスシーンを効果的に導入したり、『魚影の群れ』で実際のマグロを緒形拳が釣り上げる瞬間を撮ったりと様々な形で垣間見ることができます。
この運動の特徴として、どれも再現性がなく、この場限りの一瞬を切り取ったものであることがわかります。何度もリハを繰り返し、一発にかける。それこそが相米メソッドの本質なのです。
皆さんもぜひ、相米監督の映像美に触れて、自分なりの感覚を研ぎ澄ませてみてください。
『お引越し』
監督:相米慎二 1993年製作/124分/日本
相米慎二監督が、両親の別居に揺れる少女レンコの成長を描いた青春映画『お引越し』。無邪気な日常が揺らぐ中での葛藤や奔走を、躍動感たっぷりに描く。主演の田畑智子は本作で鮮烈なデビューを飾り、国内外で高く評価。2024年に4Kリマスター版が劇場公開。
『台風クラブ』
監督:相米慎二 1985年製作/115分/日本
相米慎二監督が中学生たちの揺れる感情をみずみずしく描いた青春ドラマ『台風クラブ』。台風の接近を背景に、教室の混乱や校内に取り残された生徒たちの姿を描く。1985年の東京国際映画祭でグランプリを受賞し、2023年に4Kレストア版が劇場公開。
『あ、春』
監督:相米慎二 1998年製作/100分/日本
順風満帆な人生を歩んでいたサラリーマンの前に、突然“父親”を名乗る風変わりな男が現れる。戸惑いながらも同居を始めたことで、彼の心と家庭に少しずつ変化が生まれていく——。人生のほろ苦さと愛おしさを描いた感動の人間ドラマ。
『魚影の群れ』
監督:相米慎二 1983年製作/135分/日本
厳しい北の海で小型船を操り、孤独で苛酷なマグロの一本釣りに生命を賭ける海の男達と、寡黙であるが情熱的な女達の世界を描く。吉村昭原作の同名小説の映画化で、脚本は、「セーラー服と機関銃」の田中陽造、監督は「ションベン・ライダー」の相米慎二、撮影は「ふしぎな國・日本」の長沼六男がそれぞれ担当。
『東京上空いらっしゃいませ』
監督:相米慎二 1990年製作/109分/日本
事故で命を落としたキャンペーンガールのユウが、ひょんなことから地上に戻り、広告会社の男・文夫と奇妙な同居生活を始める。死神に追われながらも、もう一度生き直そうとするユウの姿が愛おしい、ファンタジックで切ない物語。
『風花』
監督:相米慎二 2000年製作/116分/日本
帰る場所を失った孤独な若手キャリア官僚とピンサロ嬢の姿を描いたロードムービー。監督は「あ、春」の相米慎二。鳴海章による同名小説を「SWING MAN」の森らいみが脚色。撮影を「PARTY 7」の町田博が担当している。主演は、「共犯者」の小泉今日子と「PARTY 7」の浅野忠信。
『光る女』
1987年製作/118分/日本
東京へ行ったまま帰ってこない許嫁を探しに北海道からやって来た大男が、歌を歌えなくなった美しいオペラ歌手との真実の愛を見つけるまでを描く。小桧山博の同名小説の映画化で、脚本を「黒いドレスの女」の田中陽造が執筆。監督は「雪の断章 情熱」の相米慎二、撮影は「青春かけおち篇」の長沼六男がそれぞれ担当。

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