旅先を決める理由。それはグルメ、推し活、文化や世界遺産めぐり、様々あるだろうけれど、わたしのそれにはしばしば “映画” が影響する。
今回はその中から直近で行ってきた北京を、興奮冷めやまぬうちに紹介したいと思う。
『ラストエンペラー(1987)』
この映画を観て以来、紫禁城(故宮)は私が人生でいつか絶対に行ってみたい場所のひとつになった。紫禁城とは明清時代の皇帝の宮殿で、現在は故宮博物院として公開されている。映画の内容はというと、わずか2歳9か月という年齢で即位した清国最後の皇帝「愛新覚羅溥儀」の波瀾万丈すぎる生涯を4時間近くの長尺(オリジナル版)で描いた超大作である。ここで細かく内容を説明をするとそれだけで終わってしまうので、気になる方は多くのシネマ賢者たちが説明や考察などをしているのでぜひ調べてみてほしい。金曜ロードショーや12ヶ月のシネマリレーでもとりあげられているので、耳にしたことがある人もたくさんいるだろう。坂本龍一が音楽制作に参加・出演していることもあり、そちらの入り口から辿り着く人も多いようだ。
『さらば、わが愛/覇王別姫(1993)』
そしてそこに追い打ちをかけるようにわたしの北京熱に拍車をかけたのがこの作品だ。
中国の激動の時代を背景に、共に育った二人の京劇役者の友情や愛と芸術、政治の波に飲み込まれた人々の壮絶な運命を描いた作品である。ラストエンペラーを観たときの、「すごいものを観てしまった…」という感覚のさらに上をいく、どうしようもない感情に襲われ、早稲田松竹二本立ての一本目であったが、うまく感情を二本目に移すことができなかったのと、もう少し余韻に浸りたかったのとで、これ一本で退館をしてしまった。浸りすぎてその日いちにち何もできなかった。
とにかく、たくさんの歴史をみてきた地に立ちたい、同じ空気を吸いたい(実際空気は悪かったのでマスク必須)という想いが止まらなくなり気がついたら航空券を買っていた。ちょうど今ならビザなしで入国ができるチャンス。旅行客にも優しい環境が整い始めたということで、もうこれは行くしかない。週末弾丸旅行のため、今回の目的は「故宮」にしぼる。京劇は覇王別姫の公演のタイミングをみて、次回にとっておく。

故宮は今、故宮博物館となって誰もが入れる観光名所のひとつとなっている。1987年にはユネスコの世界遺産にも登録されている。ただ、入るためには、事前予約が必須なので要注意。公式ウェブサイトやWe chat から簡単に予約ができるが、少しコストがかかるけれど代理で予約手配を行ってくれる会社もある。予約期間は来館日の5日前から前日まで。混み合うので、予定が決まったら早めにとっておいた方が確実。

故宮博物館はとんでもなく広い。南北961メートル、東西753メートル、敷地は72万平方メートル(東京ディズニーランド1個半弱くらい)の規模だ。映画内で乗り物に乗って皆が敷地内を移動していた意味がよくわかった。
ここで生まれ育って、これが世界のすべてと言われたらなんの疑問もなく不自由なくここで一生を終えられる気がする。
さて、さっそくワクワクしてひとつ門をくぐり、ふたつ門をくぐると、ドドん!見覚えのある風景。
ここが一番親しみのある風景かもしれない。溥儀 3歳の即位式が行われた庭。そしてコオロギの鳴き声を追って列の中を探し回った、あの場所だ。まさかこの時には、あんなにも波瀾万丈の人生になるとはあの時は思わなかっただろうに。


そしてここが幼少溥儀が即位するシーンと、歳をとった溥儀が一市民として訪れ、座るシーンの場所。暗くて何も見えない…うまく撮れませんでした、すいません。

ここはおそらく追い出される直前に溥儀たちがテニスをしていた庭だと思われる。皇帝としての終焉を象徴する大事なシーンの場所なのに、ちびっ子をメインで撮ってしまいました。ちなみに、先生に連れられて遠足できている小さい子供たちやお弁当を持ってきている夫婦なども多く、小さい時から自国の歴史を見にしみて知ることができる場所がある、ちょっと行こうか、と近くに感じられる場所があるっていいな、と感じました。


英名「Forbidden City」。直訳すると、禁じられた街。一般人の立ち入りが厳しく禁止されており、皇帝とその家族、および選ばれた少数の宮廷人の専用の住居として機能していたという事実に由来しているらしいが、とてもミステリアスで興味をそそられる名前。ちょうどこの日もモヤがかかっていてとても神秘的だった。
今回突然思い立っての旅ではあったけれど、訪れることができて本当によかった。「ラストエンペラー」や「さらば、わが愛」だけでなく、私の中にある中国を舞台にした映画やアニメのシーンたちがリアルに重なって、600年も前にここで実際に生きてきた、暮らしてきた人たちが本当にいると思うだけでとても感慨深い。そして当時から考えると、この場所に立っていることは絶対にあり得ないことだし、まさか博物館になってこんなにも世界中からたくさんの人が訪れる観光地になるなんて誰が思っただろう。
溥儀が紫禁城を追われたあと、そして毛沢東の文化大革命でこの場所がなくならず残っていてとても良かった。大事な歴史の一部を残していてくれてありがとうとお礼を言いたい。
世界にはまだまだ知らないことがたくさんある。興味を持たない限り一生知れないことだってあると思う。小さい頃学校で勉強した内容だって大人になったらほとんど忘れているし、もしかしたら熱中していたり興味があったことだってあったかもしれない。映画がきっかけで好きだったことを思い出すこともあるかもしれないし、新しいことに興味を持ってるかもしれない。そしてそれが原動力になって、よしっ!と行動してみるのもたまにはいいかもしれない。
ラストエンペラー
監督:ベルナルド・ベルトルッチ
1987年製作 / 163分(劇場公開版)219分(オリジナル全長版)/ イギリス=中国=イタリア=フランス=アメリカ合作
清朝最後の皇帝・溥儀の波乱に満ちた人生を壮大なスケールで描いた歴史大作。紫禁城で神のように育てられながらも、時代のうねりに翻弄され、やがて一人の人間として生きることを選ぶ男の姿を描く。ヨーロッパの巨匠ベルナルド・ベルトルッチ監督が、中国政府の全面協力を得て実現した作品で、歴史と詩情が交差する映像美が圧巻。音楽は坂本龍一が手がけ、作品とともにアカデミー賞9部門を受賞。
さらば、わが愛/覇王別姫
監督:チェン・カイコー 1993年製作 / 171分 / 中国=香港=台湾合作
激動の20世紀中国を背景に、京劇の舞台で育った二人の男の絆とすれ違いを描いた名作。芸の道を極めるため女形として育てられた程蝶衣と、その相棒・段小樓との関係は、芸と愛と時代の狭間で揺れ動く。チェン・カイコー監督が緻密に描く歴史と人間ドラマに、主演のレスリー・チャンとチャン・フォンイーが圧倒的な存在感で応える。カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞作として、今なお語り継がれるアジア映画の金字塔。

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