オンライン試写で『カオルの葬式』を視聴しました。
舞台は、山々に囲まれた静かな山村風景の中、主な撮影場所は、監督湯浅典子さんが育った岡山県です。
湯浅さんはテレビ制作会社時代の撮影で訪れた岡山県を「日本を撮れる場所」だと思い、監督第1作目にはぜひ岡山でと思ったそうです。
そんな日本の原風景の中で繰り広げられるのは、昔ながらのお葬式での人間模様です。
デリヘルの用心棒みたいなことをしている横谷の元にある葬儀社から、遺言によりある人の葬儀の喪主をして欲しいとの電話がかかってきます。突然の依頼に戸惑いなからも横谷はカオルの生家に向かいます。
さあ、ここからお葬式でのドタバタ劇が始まります。
改めて考えるとお葬式って、様々なことがごった煮のお鍋の中のように混在している不思議な行事ですね。本作でも地元の親類縁者と仕事仲間が同じ空間に居ることになります。前者の中には、「女はかくあるべき」と時代遅れの戯言を吐き散らす酔っ払いオヤジもいれば、後者ではこの葬儀も仕事の一環のようなドライに振る舞っている横文字職業の人たちもいます。そんな多種な人々の中で喪主横谷はなすすべなく呆然と立ち尽くしています。
実は私ごとですが、昨年暮れに父を亡くし、私も人生初の喪主を務めることになりました。本作のような個性的な人たちは現れませんでしたが、小さな家族葬にも関わらず、日常生活ではあまりない小さなドラマや出会いがあるものです。
例えば、見ず知らずではありませんが、半世紀ぶりに会う従兄弟との何とも間の抜けた挨拶。初対面のように改まるのも変ですし、かと言ってフレンドリー過ぎにもなれず、、考えてみれば彼らとはこの先もお葬式でしか会わない、そんな特別な場がお葬式なのですね。
劇中の横谷ほどではありませんが、喪主はお焼香など常に真っ先に行わなければならない小さな緊張と戸惑いも式中ずっとついて回っていました。まして、横谷の場合、突然の喪主ご指名。どうしたらよいか分からない様子に共感しながら観ていました。
横谷はそんな緊張と戸惑いの中、カオルとの生活を思い出していきます。小さな劇団で知り合ったカオルと横谷。ポスターでも全裸で机に向かっているカオルの姿が描かれていますが、彼女の創作への強い意気込みは、2人のか細い関係の糸を絡め、解けなくなっていきます。何かを進んでしていこうと言う気持ちの足りない横谷にはカオルの生き方を支える力はなかったのです。
そんなカオルとの過去を、本作では真四角な枠の画面で描いています。これはまるでお棺の小窓にも見えます。カオルが話しかけているのでしょうか。あるいは、かつては小さな箱に収まりきれなかった2人の関係をこうして限られたスペースに押し込みたかったという横谷の気持ちなのでしょうか。特徴のある回想シーンでした。
騒がしい祭りのように葬儀は終わっていきます。出棺の際に、参列者がおにぎりを食べる場面が出てきましたが、「立飯(たちは)」または「出で立ち膳」と呼ばれる岡山県に残る葬儀の風習のひとつだそうです。故人の安全ない旅路をみんなで祈るという意味なのでしょうか。騒がしく自分勝手な参列者も、みんなでおにぎりを食べ故人を偲ぶ厳かな場面でした。本作が大阪アジアン映画祭やバングラデシュ ダッカ国際映画祭などで高い評価を受けたのも、土地それぞれで風習こそ違えど、共通する死者を弔う厳かな気持ちが共感を生んだのではないでしょうか。
葬儀の全てが終わり、人々は現実に戻っていく中、カオルが心から愛していたカオルの娘と横谷だけは、その喧騒から離れて、静かに故人にを想い、寄り添っていたのが印象的でした。
最後の付け足しです。映画の序盤、横谷が自主映画を撮影している若者とすれ違う出会うシーンが挿入されています。映画を愛し、映画に託す多くの自主制作に携わる人達への熱いエールを感じました。僕も観ること、書くことで応援していきます。雨中で輝く映画人、頑張れ!
作品情報
『カオルの葬式』 監督:湯浅典子
2023年製作/100分/G/日本・スペイン・シンガポール合作
配給:PKFP PARTNERS
劇場公開日:2024年11月22日
カオルという名の女性が亡くなった。
彼女が残した遺言には、10年前に離婚した元夫・横谷がカオルの葬式の喪主になるようにと、記されていた。
横谷が東京からカオルの故郷・岡山に到着すると、そこに居たのはカオルが遺した9才の一人娘・薫。カオルの通夜、葬儀に集まる様々な人々。脚本家であった彼女のマネージャー、ドラマプロデューサーや先輩や親友や、葬儀を取り仕切る婦人会、地主一家など腹にイチモツありそうな故郷の人々――
そして嵐の夜、事件が起きる!

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